Go messing

彼が話してくれたのは世界で一番美しい照明は何か知ってるかという話で、「君ね、夜景ほど素晴らしいものはないんだよ。実際ハリウッドでは今でも空撮をする。何で空撮をするのかっていうとコンピュータで処理する時に限界があるからだけじゃない。実際の夜景っていうのは、無数に瞬いているそれぞれひとつひとつの光に対してストーリーがある。出来事がついている。赤い光のところでおばあちゃんが孫のために料理をつくっているかもしれない。白い光のところでは塾があって子供が集まって勉強をしているのかもしれない。駐車場の光。走っている車の光も全部色・スピードが違う。ものすごい情報量なんだ。美しいでしょ。何で美しいかを感じる理由があって、人は光自体を美しいと感じているんじゃないんだ、光にそれぞれのストーリーががあってその後ろにひとつひとつ人がいるんだと懐かしさを感じて、そこに美しいという感情が芽生えるんだよ」と。ああ、なるほどなと納得しました。それから彼は横浜元町の照明の話をしてくれました。彼は元町から明るくしてくださいと頼まれたんです。頼まれた時、元町の人は頼んだってどうせ何年もかかるんだろうし、毎年億単位のお金を使っていたのでまたお金がかかるのかなと思っていたら、角舘さんはすぐに帰ってきちゃいました。「できました」といって。「まだお金払っていないじゃないですか」「できたんです」。見てみたら本当に街が明るくなっていたんです。「どうしたんですか、角舘さん」「街灯を消しました」「何で街灯を消したんですか」「要は人間には目の絞りがあるのです。目の絞りというのは一番明るいところに合わせてすっと締まってしまう。街灯というのは6,000ルクスや7,000ルクス。それに対して喫茶店とか300ルクスくらいしかないでしょ。コンビニだって3,000ルクスくらいでやっている。そうすると街灯がついていると街が真っ暗に見えてしまう。街灯を消すとそれぞれの家の賑わいが見える。街灯っていうのはストーリがないんですよ。だけども、そこに街灯を消すと街の中のそれぞれの瞬きがストーリーを語りはじめる。だから今まではつくられた照明だったのが、実は街の賑わいがそのまま照明になってくる。これによって人が集まって賑やかな感じができたんですよ」って。いわれてみれば縁日だってそうです。縁日はせいぜい100ルクスがあるかないかくらいなんですね。でも誰も暗いとは思わない。明るい暗いという問題じゃなく、縁日の場合、ほしいところに光がぶら下がっている。それぞれの光に意味があってそれに対してみんなが心を動かされて、賑わいが生まれるんです。とてもいい話ですよね。照明というのは人のためにあってそれが美学につなっがている。器具自体の美しさじゃない。ライトアップの光を美しくするんじゃなくて、営みを見せることによって美しさをつくることが大事なんです。

手塚貴晴 - 屋根に暮らす「屋根の家 [2]」:私の建築手法 (via bookishboy)

(e-kircheisから)